箱の中身は2
安土桃山時代も終わりを迎え始めた頃のこと。
当主とその妹(以下Tとします)が治めていた地は、どこの大名と同盟を組むかを悩んでいたそうです。
終わりを迎え始めていたとは言っても乱世の時代。
外交一つで代々続いた家が滅亡などということはざらにあった話ですから、家臣も含め相当に考えを巡らせていたそうです。
そんな中、Tは当主に対して言いました。
わたしの見立てだと、このままでは滅亡しかない。でも、東国のA家と結べば、天下は狙えなくても血筋は続いていく、と。
そう、Tにはサキヨミとも言えるような力があったのです。
通常、そういった政略に女性は口出しを出来ないものだった御時世でしたが、Tは別でした。
10代という若さに加え、それなりの容姿、物怖じせず利発な性格、そして、今までも何度も家を守ってきたサキヨミの能力。
それが、まさに軍師とも呼べるような存在として、Tが政略の場に加わることが許されていたのです。
しかし、この時ばかりは誰もがすぐに首を縦には振りませんでした。
何故なら、Tが口にしたA家と言うのは長年の敵であり、親兄弟の仇とも言えるような存在だったからです。
勢力的にも、A家には及びません。
つまり、同盟を組もうと申し込むこと自体が、A家の傘下に加わるという意味にも等しいのです。
そのため、誰もが首肯はしなかったのです。
それでも、背に腹は変えられません。
このままでは、当主も家臣も皆滅んでしまう。
となれば・・・。
誰からともなく、賛同の声が上がり、A家と同盟を結ぶこととしました。
ここからは、トントン拍子に話が進み、同盟を締結することに成功。
しかし、A家としては面白く無い。
明らかに格下と同等の立場であることが許せないばかりか、お互いに不可侵であることも同盟には盛り込まれていた。
A家の当主は、一計を案じました。
Tが居なくなればいいのではないか?と。
Tさえ居なくなれば、A家の要求をことごとく飲んでいき、いずれは参加にくだるのではないか?そうすれば、天下もまだ十分に狙えるのではないか?
そう考えたA家は、Tが他国と関係を持っていること、密通していることなどを周囲の国から流し始めたのです。
デマとはいえ、情報は瞬く間に広がり、やがてTは当主から呼ばれました。
Tが他国の誰それに当てた手紙、流した情報、第三者に渡した時の方法など、当主はTにさんざん問い詰めました。
しかし、Tは知る由もなく、やってもいないことをやったとは当然言えません。
それでも、筆跡はTのもの、証言している人間もT以外の何者でもないという。
Tは、結局地下牢に入れられたのです。
どれだけ無実を訴え続けても、誰も聞き入れてくれない。
当主は、さすがに血を分けた兄妹だけに身を案じて逃そうとも思ったそうですが、家臣の手前なかなか実行できない。
かわりに、Tの希望するものは差し入れることにしました。
Tの希望したものは、小箱と、蒔絵で飾られた桐箱と、それを包む布だけ。
それ以外は何も希望しなかったそうです。
ただひたすら無実を訴え続けていたものの、諦めたのでしょう。
Tは、サキヨミをして当主に伝えました。
この地下牢の上に、蔵を建てて欲しい。
そして、私という存在が、完全に無かったことにして欲しい。
そうすれば、この先も一族は安泰だろう。
私は、私の生きた証を、視てきたものを、この箱に残す。
しかしそれは、いずれ時が来るまで、決して開けてはならない。
それまでに開けた者は、悲しみを味わうことになるから、と。
当主は、泣く泣くその言葉に従ったそうです。
そして。
時は流れ、だーさんが箱を発見し、開けてしまったのです。
それは、かつてTの遺した「いずれ」の時ではなかったのでしょうか。
それとも、だーさんが開けることが定めだったのでしょうか。
そこは、姉さんは何も言いませんでした。
姉さんは、怖い思いをしたよね・・・でも、悪い存在じゃないから大丈夫だよ、と慰めてくれたそうです。
それでも、だーさんは気絶してる時、そして夜眠る時、しばらくの間、悪夢が出続けたそうです。
光の差し込まない牢屋の中で、無実を叫び続けるTの姿となって。
段々と力をなくして細くなっていく体。
出なくなっていく声。
脳内をめぐる当主たちの未来。
そして、箱を開けるであろう存在のぼんやりとした姿。
Tの姿となっただーさんは、毎晩毎晩それを見続けたのです。
最後は、決まっていました。
残された力で眼球をえぐりだし、箱にしまう。
箱を閉じていくと・・・真っ暗な世界が、更に暗闇に染まる。
そこで目が覚めるそうです。